2012年 02月 16日
つなげる、伝える |
東北に、いってきました。
毎週大阪から出発しているボランティアツアーに参加し、今回わたしは第26期
なんで行ったかって、わからないけど、ただ、行きたかった。
ここで一緒に過ごした仲間、一緒に感じた仲間と
出会えて よかった。
たった数日、ボランティアと呼んでいいかわからないことしか自分にはできなかった無力さ
ガスも水道も通っていない場所で、気づけば水が凍ってしまう寒さの中の避難所体験
メディアなんかと比べものにならない現状
思うことはたくさんで、やっと、やっと少しだけ、消化できたように思います。
「つなげよう、伝えよう」
第26期のテーマ
東北に行って、見たこと、聞いたこと、感じたこと
多くを、たくさんの人に伝えていかなければならない。
「伝えてほしい。そして次へ繋げてほしい」
その想いを、わたしは果たす努力をしなければなりません。

11か月たったいまも、がれきの山はほとんど姿を変えていませんでした


宮城県 気仙沼市 小泉 での活動でした

ここは“避難所”に指定されていた場所でした
地震があってここに避難した人たちは、津波に流されました


「避難しなさい」と言われ、指定場所に避難したのに、助からなかった
そんなことが起きていいのでしょうか


高台にあるべきの防災庁舎
津波が来るとわかっていたのに
避難警告をしなければならなかった女性がいました
結婚を間近に控えいたそうです
「避難してください」と呼びかけ続けました
この庁舎がもし、高台にあれば。
呼びかける彼女の声は 震えていたそうです


ここは 駅でした
吹雪いて、昼も夜もほんと寒くて
寝るときなんて、上5枚・下4枚 着て、寝袋入って、マフラーして、こたつに足つっこんでも
冷たくて痛かった

海水浴場だったところからは、砂がなくなっていました

それでも太陽は 上ります
本当にきれいで、涙がこみ上げてきました
「防災はできない。けど、減災はできる」
わたしは、何を伝えられるだろう。
被災された方が言ったことば
「自分のいのちは 自分で守らなければならない」
もし、避難所が高台にあれば
もし、庁舎が高台にあれば
もし、水門を閉めに行け、と指示されなければ
もし、
もし、
もし、
自分の住んでいるところの避難指定場所を、把握してますか
そこは本当に、「安全」ですか
そこは本当に、助かる場所ですか
自分の住んでいるところの防災活動を、どれだけ知っていますか
行政を疑え、と言っているわけではありません
しかし、救えたはずのいのち、助かったはずのいのちが、
たくさんあるのです
11か月以上たったいまも、ボランティアは十分ではありません
瓦礫も、届いた物資も、山積みで
でも月日だけは過ぎていき
みんなの意識から遠のいてしまいます
降ってきそうな満天の星空
とても、美しかった
でもそれは、この町に何もなくなってしまったから、見えるもの
現地で話を聞いて、涙を流したメンバーに、ボランティアの現地リーダーが
言葉をかけてくれました
「優しさを、ありがとう。
でも僕たちは、その涙を枯らさなければいけない。
涙を枯らして、前を向かなきゃいけない」
被災者の方々は、前を向いていて
元気をつけに行ったつもりが、こっちが元気をもらったようでした。
いまのわたしたちに、何ができるだろう
まとまりきらない気持ちがもどかしく、でも半分くらいは伝える努力はできたかと思う
さいごに、
現地リーダーの言葉のなかで、自分のこころを揺さぶったことば
寄り添うのではなく、ともに生きる
そう、わたしは、
自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じたことを
伝えて、つなげていかなければ ならない。

そして 強く 生きていきたい。

